第7回定期演奏会第一部より プログラムノート石原勇太郎

〇オープニング
・マーチ「春薫る華」[八木澤教司][約4分]

〇第1部 邦人ステージ
・たなばた[酒井格][約8分]
吹奏楽のための「ワルツ」[高昌帥][約4分]
・あなたとワルツを踊りたい[野呂望][約9分]
・公募作品2018 叙事詩エンデュランス号の奇跡」より 船出[関口孝明][約5分]
夜想曲 委嘱作品2018 [福島弘和][約8分]

八木澤 教司 マーチ「春薫る華」
 本作は東京都の私立中学・高等学校である京華学園吹奏楽団40回目の定期演奏会を記念して、2015年に作曲された作品。「春薫る華」という題名は、本団音楽監督であり京華学園の卒業生でもある樫野哲也が付けたもの。
 題名の通り行進曲の形式を取るが、通常の行進曲とは異なり、冒頭に京華学園の学園歌(小松平五郎(1897-1953)による)に基づいたコラール風の序奏が置かれている。このコラール風楽句がトリオとグランド・マーチ後半にも明確に現れることで、通常の行進曲の形式「第1マーチ(A)―第2マーチ(B)―第1マーチ(A)―トリオ―グランド・マーチ」は、「序奏―第1マーチ(A)―第2マーチ(B)―第1マーチ(A)―トリオ(序奏再現)―グランド・マーチ(Aに基づく)―序奏再現―終結」というような形式へと変化している。本作は「行進曲」という絶対音楽的な曲種に対し、学園歌を引用することで一種の物語性を獲得し、祝典に相応しい標題音楽的作品となっている。
 コラール風の序奏に続く、シンコペーションが印象的な前奏と第1マーチ(A)は、B-Durの勇ましい行進。第2マーチ(B)は、低音楽器群による荘重な旋律。g-Mollを思わせるが、明確なドミナントが形成されないため重々しい暗さは感じさせない。先述の通り、コラール風楽句や第1マーチに基づくEs-DurのトリオとB-Durのグランド・マーチを経て、行進曲の前奏が終結句として奏され、華々しく曲を終える。

酒井 格 たなばた
 F.メンデルスゾーンが17歳で作曲した《真夏の夜の夢》、同じく17歳のG.ビゼーが作曲した《交響曲第1番》など、西洋芸術音楽の歴史を見ると10代のうちに作曲された名作がある。吹奏楽作品の中で、それらと同じように語ることができるのが酒井格の《たなばた》であろう。現在でも、人気を誇る酒井の代表作とも言える《たなばた》であるが、作曲されたのは1988年、酒井が17歳の時である。
 酒井自身が語るように、A.リードやJ.バーンズなどからの影響が色濃く、明確な構造(短い序奏―急(主部)―緩(中間部)―急(主部))の中に、つい口ずさみたくなるような旋律が随所に見られる。
 本作は題名の通り7月7日の「たなばた」を描写しているとされているが、総譜に記されている具体的な内容は「中間部のアルト・サクソフォンユーフォニアムの二重奏は、伝説に語り継がれる男(彦星)と女(織姫)の描写を意図している」という一文のみ。
 冒頭の短い序奏では、主部のひとつ目の主題を示唆するトロンボーンユーフォニアムテューバによる楽句がトランペットとホルンのEs音の中から立ち現れる。その後すぐにテンポを上げ、主部へと進む。主部ひとつ目の主題は、冒頭の楽句によるやわらかで息の長いもの。それが少しずつ発展すると、ふたつ目の主題としてクラリネットサクソフォンが一層おだやかな旋律を奏する。主部のひとつ目の主題はEs-Dur、ふたつ目の主題はB-Durとなることで、ソナタ形式の調構造が浮かび上がる。さらに、前述のアルト・サクソフォンユーフォニアムの印象的な二重奏に代表される、彦星と織姫を別つ天の川の神秘的な輝きを思い起こさせる中間部の後で再現される主部では、最初の主部が展開され、ふたつ目の主題を作品全体の主調であるEs-Durで再現する。本作はソナタ形式によるものではないが、作品の原構造としてソナタ原理を見出すことができる。つまり《たなばた》は、物語の進行に頼るのではなく、あくまでひとつの自律的な作品として認めることができ、そこに、わたしたちを魅了する絶対音楽的な美しさが宿っているのである。

高 昌帥 吹奏楽のための「ワルツ」(平成30年度全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅲ)
 本年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲として、全日本吹奏楽連盟からの委嘱により作曲されたのが本作《吹奏楽のための「ワルツ」》である。本作について、高は次のような興味深い言葉を残している「スコアに私がどんなに細かく書き込んでも自由な解釈の余地はいくらでも残されていると思っています。」(会報『すいそうがく』2017,12, p.3)。課題曲という性質上、(たとえそれが行進曲であっても)標題的作品が多い中で、このような伝統的な様式による絶対音楽的作品が現れたことは大変興味深い。
 冒頭はワルツの前奏。本作全体の主調であるB-Durに対し、前奏はドミナントを形成するF-Durと、その平行調であるd-Mollが中心。クラリネットセクションのゆったりとした語りが、少しずつワルツのテンポへ向い第1ワルツが開始する。第1ワルツはB-Durだが、準固有和音等を用いることでわずかに短調の薫りもただよう。細かな音符を用いたブリッジを経て、第2ワルツもまたB-Durで現れる。第2ワルツは第1ワルツに基づいたものであるが、旋律自体は変奏されているため、別の性格を獲得している。ゆったりとしたブリッジを経て、これまで現れた要素を用いた第3ワルツがAs-Durで堂々と提示される。最終的にはB-Durへと戻り、霧の中へと消えてゆくように静かに終結する。
 高自身が語ったように、本作は「『ワルツ』という伝統的なジャンルと19世紀末頃の調性語法」による作品である。特にP.I.チャイコフスキーやF.ショパンの作品、M.ラヴェルの《ラ・ヴァルス》に見られる「腐敗した(偽物の)ウィンナ・ワルツ」の影響が強いように思われる。

野呂 望 あなたとワルツを踊りたい
 高による《吹奏楽のための「ワルツ」》が絶対音楽的作品であるとすれば、同じ「ワルツ」を題材とした野呂の2016年の作品《あなたとワルツを踊りたい》は標題音楽的作品に分類されるだろう。
 本作の中心となるのは、野呂自身が語るように「慣れないワルツを少しずつ踊れるようになっていく」様子である。そのために、音楽は不安的な5拍子からワルツの正規の拍子である3拍子を目指すプロセスをたどる。このプロセスは、野呂自身の語った物語によるものであるが、音楽自体はその物語性よりも作品自体に内在する展開の欲求に従っているように思われる。つまり、本作もまた《たなばた》と同じように、表面上は標題音楽的ではあるものの、音楽それ自体で成立している自律的な作品であると言えるだろう。
 舞踏会の高貴な空気を感じさせる序奏に続いて、サクソフォンセクションによる「どこかぎこちない足取り」の5拍子のワルツが始まる(念のために付け加えておくと、本作では不安的な要素として5拍子のワルツを用いているが、前述のチャイコフスキーのワルツの中には5拍子のものがある。また、19世紀のダンス教本の中にも「5拍子のワルツ」という項目が見られる)。足取りはおぼつかないものの、踊りは徐々に盛り上がり、6拍子も混ざることでより正確なワルツへと近づいてゆく。しかし、ワルツ――あるいはワルツを踊るカップルの破綻を示すかのように、突如不協和で暴力的な楽節が現れる。続く中間部では、それまでの様式とは異なる幻想的な情景が香り立つ。この中間部の展開がきっかけとなり、再び5拍子のワルツが開始され、今度は先ほどよりも明確に3拍子へと進んでゆく。

関口 孝明 叙事詩「エンデュアランス号の奇跡」より「船出」(公募作品2018)
 そもそも「標題音楽」とは、音楽外的な要素、例えば文学、絵画、建築、あるいは自然の中の出来事や、明確な思想などを主題にした音楽のことである。本年度の大江戸シンフォニックウィンドオーケストラの公募作品のテーマは「標題音楽」。ここで、吹奏楽曲の歴史を形作ってきた標題音楽的な作品を聴いていただこう。
 本年度の公募作品として選ばれたのは、関口による《叙事詩「エンデュアランス号の奇跡」》より〈船出〉である。もともとは4つの楽章からなる管弦楽作品であったが、その最初の楽章を吹奏楽のために編曲したものを演奏する。
 20世紀に入ると自国の力を示すため、多くの国が様々な試みを始める。アーネスト・シャクルトン(1874-1922)が隊長を務めた1914年に結成されたイギリスの南極探検隊もそのひとつで、彼らが使用した船がエンデュアランス号である。この船による探索は難破と遭難によって失敗に終わるものの、船員が全員無事に帰還したことは、奇跡として語り継がれてきた。本作はそんな実話に基づく作品である。
 安定感のあるAs-Durの主和音の上で、高らかにホルンの旋律が鳴り渡る。それに続くフルートは、ホルンとは対照的に不安げで、それを支える和声も半音階的な動きが目立つ。この冒頭部分は、未知なる地である南極を夢見つつ、期待と旅の不安の感情に襲われる船員たちを示すものだろう。これらの旋律が全奏によって確保されると、ついにエンデュアランス号は南極へと向かい出航する。打楽器群の堂々たる前奏に続いて、ホルンを中心とした楽器群が勇ましい旋律を奏する。勇ましくもゆったりとしたこの旋律が、少しずつ盛り上がり、エンデュアランス号がイギリスを離れ、南極を目指す様子が描かれる。これから起こる数々の困難を、船員たちはまだ知らない。音楽は不安的になることなく圧倒的な終結を迎える。

福島 弘和:吹奏楽のための「夜想曲」(委嘱作品)
 「夜想曲ノクターン)」とは、19世紀に流行した特定の情景や気分を表現する曲である「性格的小品」の一種。一般的には夜の様々な風景を描いた作品である。つまり、福島による《吹奏楽のための「夜想曲」》も、なにか特定の物語を持っていると考えることができるだろう。しかし、本作は大江戸シンフォニックウィンドオーケストラによる委嘱作品。作品に内在する物語がどのようなものであるかは、わたしたち聴き手に開かれている。
 冒頭のフルートとオーボエを中心とした楽器群による憂いを帯びた旋律は、特徴的な同音連打を含んでおり、これが一種の「語り(レチタティーヴォ)」のようなものを思わせる。そして、旋律が現れる度に同音連打の音数を増やすことで、音楽が前へと加速してゆく。この旋律は、ガラス細工のような繊細さと儚さを感じさせるが、それはヴィブラフォンやハープが響かせる和音に減音程が含まれていることにもよる。通常、夜想曲三部形式を取るが、本作もまた変形された三部形式(A―B―C(A+B))を取っていると考えられる。
 冒頭で提示されたフルートとオーボエによる旋律が歌い継がれてゆくと、低音楽器の不気味なオスティナートが特徴的なBへと進む。Bもまた、冒頭の旋律の影響を受けた旋律が交錯するが、もはや繊細さはなく、音楽は劇的に展開されてゆく。基本的にはAの冒頭で提示された旋律が様々な形で現れつつ進行してゆく。それはまさに、祭りの後の寂しさや、懐かしい日々を回顧する様を思わせる。そのことは、形式上Cと分類されるAとBが結合した部分が、あたかも再現部のような役割を果たすことからも明らかであろう。
 この魅力的な不安定さが、最終的にどのような結末を迎えるのかは、ぜひみなさん自身の耳で聴いていただきたい。まったく新しい作品を聴けるというのは、わたしたち音楽愛好家にとってこの上ない喜びなのだから。

 

 

 

 


【期間限定】大江戸SWO第7回定期演奏会第1部 邦人ステージ